メキシコの三姉妹




エアコンが付いていないボロボロのニッサンは熱さで今にも火を噴き出しそうだった。
石沙漠の中をもう何時間も走り続けているが、人家や人の姿、動物の姿すらまったく見かけない。
視界に入るのは辺り一面に広がるラクダ色の岩と人と見間違うようなサボテン、そして太陽を背に浮け、シルエットになって空を舞う鷹だけだ。


メキシコ。
太陽が支配する大地。
だだっ広い大地が心身ともに僕を圧倒する。
あまりの広さに地球の全てがメキシコではないかという錯覚に陥る。
時間の流れは大陸のプレートの動きのように遅い。
少しでも気を抜けば今という時間が流れていることすら忘れてしまう。
止まった空気、止まった時間の合間を自分だけがすり抜けているようだ。


死ぬほど喉が渇いていた。
唾液が口の中で張り付き、会話も鼻歌も出てこない。
バックシートのアイスボックスはとうの昔に空になり、ミネラルウォーターのペットボトルも足下で踏みつぶされ散乱しているだけ。
メキシコに入ってからもう何百回も聞いているライクーダ、パリテキサスのカセットテープはリピートになったまま、カーステレオでいつまでもむなしく回っている。


「家だ!」と僕は叫んだ。
運転をしている彼女は何も言わなかったが、カーリーヘアーから覗く顔に希望の光が浮かんでいた。
家というより小屋だった。
周りには使い古しのタイヤが散乱している。
人が住んでいるのか確信が持てなかったが、家の前の新しいタイヤの跡は少なくても人の出入りを示している。
その建物には70年代の広告だろうと思わせる錆だらけの7upの看板がアンディウォーホールの作品のように輝いていた。
7up、今の僕には聖水。
炭酸がはじける音が耳の奥でする。もちろん幻覚だ。


ゆっくりと車を建物の前に寄せ、エンジンを切った。
とたんに無音の世界が空からのしかかる。
車が発する熱から逃げるように、建物の入り口へ向かった。


ドアらしいドアもなく、真っ暗な口を開いた入り口をくぐる。
「ブエノス タルデス!」(こんにちは)と言ったが何も返事がない。
もう一度、少し大きな声で「ブエノス タルデス!」と叫ぶ。
やはり誰も住んでいないのか、と思ったとき、目の前でお地蔵さんのような男性が椅子に座っていたことに気づき驚いて僕は飛び上がった。
「オラ!」(こんにちは)と彼に話しかけたが、彼は無言。
僕の顔を見ようともしない。
建物の中の暗さに僕の目が慣れ、彼が盲目だと悟ったとき、奥から3人の女の子が出てきた。
「ドス 7up ポルファボール」(7upを2本ください)メチャクチャなスペイン語。
頭の中は7upで一杯だったのでそれ以外のフレーズが浮かばない。
彼女たちはしばらく僕たち外国人を頭からつま先まで品定めし、何か納得したように頷くと、何やら早口でまくしたてた。
こうなるともう僕の出番ではない。
一緒にいた僕の連れはフランス語堪能。
メキシコに入り、約一週間でスペイン語も日常会話が出来るレベルになっていた。


建物の外に出た後も娘さんたちのおしゃべりは続いた。
お母さんらしき人が建物から出てきて、僕たちに7upを渡してくれた。
ストローがさしてある7upのボトルを持ったお母さんの手は濃い茶色。
荒れた手のしわの隅々に砂漠の砂が入り込んでいるようだった。
お母さんは決して僕たちと目を合わせようとしない。


建物から少し離れた場所で何かロープのようなものがぶら下がり、微かな風に揺れていた。
7upとニコンFM2を手に僕はそのロープに近寄った。
娘さんたちも皆ついて来る。
しげしげとそのロープのようなものを見ているうちに、それが何なのかやっと理解できた。
ロープではない、干したガラガラヘビの皮だ。


娘さんたちの話を僕の連れが訳してくれた。
一家の主である父親が事故で視力を失って以来、ただでさえ貧しいこの家の家計はいっそう苦しくなった。
ほとんど交通量のないこの道に立つドライブインでは雀の涙ほどの収入しか稼げない。
仕事のできる街は遥か彼方。
乾燥し、動物も住めないような大地では畑も家畜も難しい。
ここにあるのは乾いた大地とサボテン、そして彼女たちを日々脅かす猛毒をもったガラガラヘビだけだ。
しかしこのガラガラヘビがお金になることをある日彼女たちは知った。
捕まえて、それを干すと、何週間に一度、むさ苦しい業者の人がやって来て、くしゃくしゃの紙幣を渡してくれる。
今この家族を養っているのは、三人姉妹。
彼女たちは毎日砂漠の太陽に焼かれ、ガラガラヘビと格闘しているのだ。



昨夜、寝る前に『武士の一分』(藤沢周平)を読んだ。
ふと、メキシコの三姉妹のことを思い出し、写真を探してみた。
何枚か撮ったはずだが、一枚しか見つけられなかった。













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by somashiona | 2008-07-04 11:10 | 人・ストーリー | Trackback | Comments(24)

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Commented by handachin at 2008-07-04 12:31
水ってほんとに生命の源だと、砂漠に行くと思います。
世界中でいろんな人たちが逞しく生きているんですね。
そしてそれぞれにドキュメントがあって、またそれを伝える人がいて。
こういう写真、凄く好きです。マナブさんの文章も^^
Commented by Capucci-mm at 2008-07-04 16:36
「生きる」って事を痛切に感じてしまいます、振り返って今の日本人、
なんとつまらない理由で自殺する人が多いことか・・・・
パワー戴けたような気がします、さて何か撮らなきゃ(^^ゞ
Commented by kyotachan at 2008-07-04 16:38
>>>奥から3人の女の子が出てきた。
五 六才の女の子三人がわたしの頭に出てきて彼女たちがちょろちょろ動いていたんですが最後におっきいお姉ちゃんだったんだーとわかって笑いました最初に想像させられて後で答えが来る・・・読んでて楽しいですそれにしてもヘビ!命はって仕事をしている彼女たちに無事でいてくれよーと叫びたくなる数ですね
Commented by Re+α at 2008-07-04 17:40 x
自分自身の顔から笑みが消えたのを感じました。
文章とお写真を何度も見てしまいます。
生きること・・・真剣に考えさせられます。
Commented by un-chat at 2008-07-04 18:13
マナブさん、良い写心撮ってたのねーーー。

って今もですよ!今も!!!(ここ大事)

メキシコの想い出は「恐い、汚い、貧しい」そのものでしたが確かな生命力が根付いていました。
Commented by skimama at 2008-07-04 21:01
パリテキサスの世界じゃあありませんか!
映画の脚本読んでいるような気分です♪
ね、ね、それで、どういうカセットなの?パリテキサスの?
久しぶりで、借りてこようかなー。ビデオ。
Commented at 2008-07-04 21:50
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by rikiji2002 at 2008-07-05 07:44
25年前にタイとミャンマーの国境、
所謂ゴールデントライアングルの部落へ行ったことがある。
10件程の電気も無い貧しい部落で女と子供しかいない部落だった。
半日ほどして気付いたのは・・・
それぞれの竹の家の奥の部屋で、
男たちは一日中阿片を吸っていた・・・・・・
日陰の暗闇の中で白い目とパイプから出る煙だけが・・・
鈍く輝いていた・・・・・
そんな、事を思い出したのだ。
世界は広く、切ないのだ・・・我々も含めて・・・
Commented by wajira at 2008-07-06 06:45
メキシコへの旅は マナブさんの写真にとっても ある種のポイントだったのですね。
いつもメキシコからの写真は 今のマナブさんを予感させます。
そして、いつもそこには ライ・クーダー
Commented by mid_45 at 2008-07-06 18:31 x
お洒落の一つもしたい年頃なんでしょうが・・・。
干物のようなガラガラヘビが少額の紙幣に見えて
なんか切なくなりました。
凄くインパクトのある作品に感動いたしました。
Commented by サトシ at 2008-07-06 19:32 x
また拝見させていただきました。
次の更新も楽しみにしています。
応援ポチッ!!!
Commented by コラン at 2008-07-07 20:10 x
こんにちは。
いつもは読ませていただいているだけですが、たまにはコメントさせて下さい。
いつも思うのですが、ポリシーのある生き方に凄い人だなぁと思って読んでいます。ここに来る人たちもそんな心を持っているのを感じます。
それに、この写真のような響く色はどこからくるのだろうと考えてしまいました。
Commented by somashiona at 2008-07-10 13:19
handachinさんへ
いつもあれ食べたい、これ食べたいって騒いでいるけど、究極の美味しいものは喉が渇いた時の冷たい水ですよ、やっぱ。
喉が渇いて死にそうで、山の中の水たまりの汚い水飲んだことありますもん。

こういう写真、もっと撮りたいけれど、こういう出来事に出会わないと難しいです。
ああ、世界を旅したいなぁ、、、。
ビル・ゲイツさん、マイクロソフトのあと、僕を支援する計画がないだろうか、、、。
Commented by somashiona at 2008-07-10 13:22
カプチさんへ
カプチさん、海外から見ていると日本人の生きるということへの辛さはかなり痛切だと思います。こんなに神経をすり減らし、時間がなく、愛に飢えた国民はそうそういないと思います。
Commented by somashiona at 2008-07-10 13:25
kyotachanさんへ
これはねぇkyotachanさん、僕の文章力の乏しさですよ。(涙)
自分の頭にある絵と文章が一致していないんですね。
kyotachanさんのこのコメントで、おぉ〜怖い、と改めて思いました。
そういう話、また聞かせてください。マジで。

身体張って生きています。
今も無事でいるといいです。

Commented by somashiona at 2008-07-10 13:33
Re+αさんへ
僕のふるさと北海道の様子を連日テレビでオーストラリアから見ていました。
G8です。
経済大国も途上国も皆生きるのに必死です。
でも本当に生死に関わるほど食料が不足し、思想の違いで虫けらのように命を奪われる状況を多くの国の人は自分のこととして理解していないと思います。僕もその一人です。そういうことを現地で命がけで伝えようとしているジャーナリストの仕事にいつも感動します。
物質的に豊かな国の人が、スポーツやエンターテイメントだけではなく、そういったジャーナリストの仕事に触れる機会が増えるといいですね。そして皆が誰かの為に何か行動を起こすようになるといいのに。それが大国が幸せを取り戻すひとつの方法だと思います。
Commented by somashiona at 2008-07-10 13:40
ねねさんへ
>マナブさん、良い写心撮ってたのねーーー。
ねねさん、それって過去形になってるよぉ〜。
どういうこと、ねえ、ねえ、どういうことよぉ〜!
でもね、腹に思いっきりボディブローをくらって、息が出来なくなるようなシーンには日常そうそう出会わないのよ。
だからお茶を濁すような写真が多くなっちゃうんだよなぁ〜。
別にそういうシーンにである為にメキシコまで行かなくてもいい。
アンテナを立て、動いていれば日常でもそういうシーンに巡り会えるはず。そういう意味では最近努力が足りない、自分です、はい。
Commented by somashiona at 2008-07-10 13:43
skimamaさんへ
そのカセットはパリテキサスのサントラ版CDをカセットに録音したものです。
いい映画のサントラは何度聞いても飽きません。
僕はあんまり音楽通でありませんが、映画のサントラは割とたくさん持ってます。
skimamaさんも聞いてみてください。
Commented by somashiona at 2008-07-10 13:44
鍵コメ21:50さんへ
もう絶対の絶対です。
約束100%です。(笑)
とても楽しみにしてるんです。
抱きついちゃうかもしれません。
Commented by somashiona at 2008-07-10 13:49
rikijiさんへ
スゴい体験ですねぇ。
短いコメントを読むだけで、その世界に引っ張られました。
本や映画でこういうシーンをよく見かけるけど、やはり現地で自分が体験することには敵いませんよね。
体験しないとその哀しみや切なさが分からない。
僕たちはもっと世界に出るべきだと思います。
ただ、それをした若者がテロなどの餌食になってしまうのも悲しいことです。
世界は広いですよ、本当に。
人は不条理を背負って生きています。
Commented by somashiona at 2008-07-10 13:54
wajiraさんへ
メキシコへの旅は本当に僕の写真のターニングポイントでした。
撮影はシンプルに、そして五感を最大限に働かせてないと写真は撮れないのだということを学びました。
写真が肉体労働なのはこの五感を長い時間フル稼働させるからだと思います。
そして40代に入った今、体力がないとそういう集中力を維持できないのだと痛感します。
身体を鍛えることをヤメたら、写真の精度も下がる気がします。
Commented by somashiona at 2008-07-10 13:57
mid_45さんへ
僕は正直言って彼女たちのオシャレに驚きました。
こんな砂漠の中でサドルシューズを履いていたり、髪もきちんと束ねてあったり、僕ならきっと一年中スウェットパンツとTシャツです。
だってほとんど人に会わないんですもん。

いつもコメントありがとうございます。
Commented by somashiona at 2008-07-10 13:58
サトシさんへ
ありがとうございます。
何度でも遊びにきてください。
Commented by somashiona at 2008-07-10 14:28
コランさんへ
お久しぶりです。
お元気ですか?

僕はポリシーがある生き方などしていません。
本当にいつまでもふらふらでふにゃふにゃです。
コランさんが僕の親ならもの凄く説教をして、僕から写真を取り上げるかもしれません。
本当は放浪の画家・山下清みたいに作品をつくっていきたいのですが。

たまにとはいわず、コメントくださいね。
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